ラベル 海外 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 海外 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2019/02/25

開化堂の職人。


現在、開化堂では6名の職人たちが、日々茶筒づくりに携わってくれています。その中で「家族でいうと、一番上のお兄ちゃん」。そんな感じでまわりの職人からも慕われている石場くんを今回はご紹介します。

うちに来てくれるようになって、もう少しで10年の彼ですが、うちに来る前は、大学で演算処理の研究のために、計算と実験、データ収集に明け暮れる日々の中「これを一生の仕事にするのは違うなぁ」と思ったそうで、もともと少し興味のあったものづくりから職人を目指すようになり、学校を入り直して、うちに来てくれるようになりました。

最初の頃の印象は、若くて初就職ということもあってか、一言で言うと少し線が細くて、話好きな親父やおかんや僕と違い、どちらかというと、寡黙で淡々と物事を進めていくタイプかなと。でも、しっかりと将来を見据えている部分も根っこに持っていながら、ゆるさもあって人間的にもすごく面白い子やな、という印象でした。
普段、仕事をしながらの会話もありますが、実演などで県外やNYやミラノに一緒に行ったりするときなど、少しまとまった時間が取れる時は、開化堂とは?とか、将来はこうしていくのもいいな?などの話をしたり、時間を共有することで言葉や数字だけでは伝えられない部分を僕なりに共有してきました。



NYでの実演やミラノに行ったときの写真です。

今回改めて本人から少し話を聞いてみると、
『開化堂で働くようになってもうすぐ10年ですが、一生懸命ものづくりを覚えて、作ってをしてたら、ほんとにあっという間という感じですね。でも最近は、後輩も増えて自分だけの技術向上ということだけではなくて、茶筒を作っていく上で、教えてもらったやり方を守りつつも、それを複数の職人でやっていくためにはどう教えるのかということを考えることが多くなりました。
例えば、茶筒づくりの要所になる所は、かなり技術力のついた後輩の原くんにお願いしながら、全体として流れるように他の職人ともできるだけコミュニケーションを取りながら、僕も作業をするようにしています。』

『以前は、実演に行っても少し漠然と販売する感じでしたが、今は、シーズンや場所などの条件を考えながら、茶筒をいくつ持っていってどの程度販売できるかなど数値化しながら動いたり、その日、その月の茶筒の製造個数を踏まえて、作業の効率化できることはあるか、ということもやはり考えるようになりました。でも、一番意識しているのは、効率化が必要な場面などでも、何を変えて、何を変えないのか、といった『開化堂らしさ』につながる部分を強く意識するようになりました。』


皆、毎日一生懸命茶筒づくりに取り組んでくれています。

いつも通り淡々と話す彼ですが、みんなを動かしながら毎日を進めてくれていて、しっかりとものづくりの基盤を作るところまでに太くなってくれてるなと改めて感じました。
今までの自分を変えながらも、毎日のものづくりが動いていくために日々尽力してくれいるありがたい存在となっています。

そして、そもそもの手づくり茶筒の価値や、何が開化堂らしさにつながるのか、ということを意識してくれているのは、とても嬉しいことです。

僕自身も意識していることですが、つくり手が変わっても、茶筒の品質は絶対に変わってはいけないし、いつでも職人が修理したりできるようにいないといけないと思っています。それは、親父も祖父も曽祖父も、今まで開化堂の先代たちが続けてきてくれたことでもあるし、つないでいく努力を惜しまないことが僕の役割でもあると思っています。

とは言え、皆様にはそんな堅苦しいことを意識していただく必要はありませんので(笑)。お茶筒を手にとっていただけた際に、ほんの少し、つくり手のことに思いを馳せていただけると嬉しいです。もちろん、店頭や実演などでお目にかかれる際は、ぜひお声掛けください!上手に話せる職人ばかりではありませんが、今の開化堂を感じていただけるきっかけになると思います。


2017/01/10

海外販売のはじまり。

開化堂の茶筒は、イギリスやアメリカ、スイス、イタリア、台湾、中国、シンガポールなど、数多くの海外のお店と取引をさせていただいています。今でこそ、これだけ多くのお店からお声掛けをいただいていますが、やはり、最初から皆さんとつながっていた訳ではありません。今回は、そのきっかけとなったお話をお伝えします。


紅茶の本場、ロンドンからのメール

始まりは、お茶筒を取り扱いしたいというロンドンからのメールでした。メイフェアにあるPostcard Teasという紅茶屋さんからでした。
家業に戻って5年(2005年頃)、ずっと、海外との取引をしたいと思っていたので、このメールを見た時は本当に嬉しかった。海外で売りたいと思って帰ってきたし、それが売り込みにいったのではなく向こうから来てくれたこと、何より紅茶の本場ロンドンからだったことも嬉しかった。

その後、メールのやり取りが続き、ついにはオーナーのティムさんが、京都まで来られて直接お会いすることができました。今では家族ぐるみのお付き合いをさせていただくまでになりましたが、その頃を思い返すと、お互い緊張していたなぁと思います。
最初は探り探りの会話をしながら、途中、お互いの思うところが同じだったと気づいてからは、話はトントンと決まっていきました。そしてついに、紅茶の本場ロンドンと取引が始まることとなりました。私自身、これは絶好のチャンスと思い道具を持ってロンドンに行くことにしました。


初の海外実演

その頃、開化堂はまだまだ小さな工房。海外出張の予算が潤沢にあるわけでもなく、もしあかんかったら海外旅行に行ったと思って諦めてと、往復の飛行機代だけをかけてロンドンへ飛びました。ティムさんのご好意によりお店に泊めてさせてもらって、10日間ほど実演をさせてもらいました。
今から思うと、この頃はじっくりと時間を使えた時期だったように思います。毎日、紅茶を飲みに来られるお客様にじっくりゆっくり開化堂のことについて話をしていました。


この時、たまたま行ったヴィクトリア&アルバートミュージアムに強い感銘を受けながら、この国の人たちに認められて、いつかはここに展示されるといいなと、ぼんやり考えていました。



ロンドンと京都

その頃のつながりが今でもあるし、10年経った今でも毎年会いに来てくれるお客様もいる。つくづくロンドンと京都って似てるなと思います。最初は遠慮がちで少し離れて見てる。本当に仲良くなるとず〜っとの付き合いが始まる感じです。

以来、毎年寄せさせていただき、開化堂の話をしたり、知り合いの工芸職人さんたちと寄せさせてもらったり、中にはBBCの取材を受けることもありました。
また、今では親戚のようなエッセイスト・小説家である入江敦彦さんに、買い物デーと称してロンドンを案内いただいたりしました。そうする中でロンドンの動向も見えてきて、どう伝えるのかもだんだんと理解してきたように思います。


昨年も入江さんのお宅でご馳走になった手料理と、使っていただいている開化堂の花瓶

ロンドンの街の風景を。(大好きな車も少し…)



その甲斐あって、ティムさんとつながりのあったマーガレットハウエルさんとお付き合いするようになり、ジャスパーモリソンさんのお店で売ってもらうようになったり、また、モノクルラジオに出演したりと、だんだんロンドンの街に開化堂が浸透していくようになりました。

そして、お付き合いが始まって10年が過ぎたころ、僕にとって本当に夢のような知らせが届きました。なんと、ヴィクトリア&アルバートミュージアムの永久保存が決まったのです!これはティムさんなど多大な尽力があってこその事ですが、私にとって10年間のご褒美のような、本当にありがたいことでした。




そして、2016年の9月もロンドンに行ってきました。今回はロンドンデザインウィークの一環として、マーガレットハウエルさんに、100年続く開化堂をインスタレーションとして展示をしていただました。こんなお付き合いがこれからも続けていけるよう、日本同様、きちんとした物を作り、それを伝えていきたいと思います。



マーガレットハウエルさんでは、美しく展示していただきました!



2016/09/29

驚きの中国実演。

こんにちは、石場です。
今回は、私も参加しました中国広州市にて行いました実演販売についてお伝えしたいと思います。
今まで、国内での実演販売は少し数をこなしてきましたが、遂に初の海外実演です!
もちろん、六代目(八木隆裕)も同行です。

場所は、香港のすぐ北側、広州市にあります方所(ホーショー)本店という、日本でいえば蔦屋書店のようなデザイン書籍や雑貨、カフェも併設された非常に人気の高い巨大なお店です。ホントに広いです。




あまりにも広い広州市



実演の前に、周辺の街を案内していただいたのですが、見るものすべてが、広い!でかい!広州という名前の通り、どこまでも続く広大な土地に、20階はあろうかというマンション・ビル群が無数に立ち並び、道路は片側7車線もの広さで、やはり人もその分多く見受けられました。


世界最大のお茶問屋街へ

そんな中、案内していただいた世界最大のお茶問屋街では、さすが世界最大といわれるだけあって、見渡す限りお茶関連の店、店、店、、、
ぱっと見た感じでは、どのお店も「お茶」を扱っていて、「同じようなお店ばかりで成り立つの??」「なんでこんなにお店があるの??」など「?」だらけになってしまいましたが、お店に入って話を聞いたり、試飲をさせてもらいながら、中国ならではのお茶文化が見えてきました。







今に息づく中国のお茶文化


中国の一般家庭では、毎日かかさずお茶を飲むそうで、日本とは比べ物にならない程の量と、回数を飲むそうです。試飲でも、何も言わなくてもどんどん出されてお腹はタプタプに、、、
しかも、同じ家庭内でも、皆それぞれ好みに違いがあるとか。そして、お茶の種類も非常に多く、茶葉の違いはもちろんのこと、発酵の具合などによっても分類されるため、相当な種類のお茶があるそうです。

だから、問屋街では、多種多様なお茶を、各店舗がセレクトし、バイヤー向け、個人向けに少量売り、大量売りなど売り方も細分化したことで、こんなにも多くのお店があっても成り立っている、ということのようでした。「お茶筒」をつくる開化堂としては、絶対にはずせない国だなと思いました。


手応えを感じる実演となりました


そして、本題の実演には、実に多くの方にご来場いただけました。幅広い世代の方々が訪れる場所で、特に感度の高い若い世代の方も多く来られました。
イベントを開始して、実演の作業を少し始めただけで人が集まり始め、スマホやタブレットでしきりに撮影するなど、皆さん興味津々で、非常に好意的な反応をいただきました。






プロジェクターを使ったトークイベントでは、開化堂の歴史的なお話などを六代目からさせていただき、お店スタッフのご協力のおかげもあり、予想よりも多くの方にお茶筒をご購入いただきました。

当初は、日本でも人気の高いコーヒー缶推しで、と考えていましたが、
反応が良かったのはやはりお茶筒でした。先に書きましたように、お茶文化が想像以上に現代にも息づいており、家庭ではまだまだコーヒーを入れる習慣が根付いていないのかもしれません。

今回の実演を通して感じたことは、お茶筒自体の機能、使い方は同じであっても、
その国々の文化やバックグラウンドを理解したアプローチが必要だなと感じました。
それと同時に、開化堂茶筒の今後の可能性もまだまだあるのかな、と思いました。

今後は、中国茶用のお茶筒を作ったりするのも面白いんじゃないでしょうか。